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Moments musicaux
2014年春、『世界で一番、美しい瞬間』(NHK BSプレミアム)のテーマ曲として”Moments musicaux (モマン・ミュジコー)” を作曲しました。市井の人々の思いが、世界の美しい光景を背に繊細な時間を織りなしていき、やがて掛け替えのない瞬間が訪れるーーそんな美しいコンセプトをもつ番組のために作曲させてもらうことは、僕にはとても嬉しい、光栄な仕事でした。
放送開始後、本当に多くの方から、この曲への感想などのお声をいただきました。CD化の予定や、楽譜についてのお問い合わせをいただくたびに、嬉しさと同時にご期待に応えられない自分が腑甲斐なく、申し訳ない気持ちで一杯でした。番組は、先日3月30日の放送をもって最終回となりました。番組をご覧くださった皆様にお礼申し上げます。
現在、CD化につきましては実現化させられる可能性を探っているところです。楽譜につきましては、楽器編成が特殊なためピアノソロとしてアレンジし直す必要があり、具体的に出版に至るかはまだ未定の状態です。いずれも、予定が決まり次第、このホームページでお伝えいたします。
普段、自分の楽曲についてはあまり語らないことにしているのですが、”Moments musicaux” という楽曲タイトルについて、簡単にノートを記しておきたく思います。タイトルのフランス語は直訳すれば「音楽的な瞬間」といった意味です。日本では『楽興の時』という訳語で、シューベルトのピアノ曲を通してご存知の方もいるかもしれません。好きな訳語ですが、『楽興の時』とするとシューベルトのそれを思い浮かべられて誤解を招いてしまうので、あえてフランス語のままとしました。
楽曲タイトルを考えるときはいつも、『テーブルクロスのバレエ』、『バスティーユのアメモヨイ』のように具体的な言葉を選ぶようにしています。ほかでもなく「特別な名前を与えたい」という単純な理由からです。一方でこの”Moments musicaux”というタイトルは自分にとっては珍しく抽象的で、正直に言ってタイトルとして面白みに欠けていると考えています。それでも、「美しい瞬間」をテーマに作曲した曲のタイトルを考えるという大変な課題を前に悩んだ結果、人の心のなかに刻まれる、忘れえぬ閃光のような一瞬はもはや「音楽的」としか呼ぶことができない、と思い至りました。
流星に願いを唱えるのがほとんど不可能であるように、実のところ人間は「瞬間」を味わうことができません。過ぎ去った後に初めて気づくことのほうが多いでしょう。僕にとっては、音楽もそのようなものです。音楽に身を投げ出しているとき、人は音楽を聴いているのではなく、「聴いていることすら忘れている」。そのように僕は考えています。音楽のタイトルに「音楽的な~」という言葉を使うのはなんだか可笑しくもありますが、作曲してから2年経った今振り返っても、自分にとってこの曲はとても大きな存在であったことを実感しています。
あらためて、番組とともにこの音楽に触れていただきありがとうございました。また、番組の制作に携わられたすべてのスタッフの方にお礼申し上げます。そして最後に、演奏してくれたミュージシャンのみんなにも、最大の愛を込めてありがとうを送ります。
2016年3月31日
阿部海太郎